凶弾の魔手は防げなかったのか
一昨日、安倍元総理大臣が逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。元総理については多様な評価がありますが、長きにわたり日本のかじを取り、多大な功績を残したことは間違いないと思うところです。その方が凶弾の魔手により命を奪われるとは大ショックです。
凶弾を放った容疑者がどのような動機・背景からこの犯行に及んだかは今後つまびらかにされねばなりませんが、今のところその者は、ある宗教団体の名前を上げ「安倍元総理がその団体とつながっていると思い込んで犯行に及んだ」という趣旨の話をしていました。その宗教団体に恨みがあったというのです。個人的な政治的信条からではないとも話しているようです。仮にそれが真実だとして問題はそれがなぜダイレクトに殺人を企図し現に襲撃・殺害に向かうことになったかです。
その宗教団体への母親の過度な信仰により家庭が破壊されたと本人が考え、自分が不幸極まりない人生を歩むことになったと考え、安倍氏が団体とつながりがあったと考え、恨みを晴らすべき相手は安倍氏と狙い定め殺害を計画し、実行してしまった。
被疑者の脳内心理状況に分け入って行かねば、決して動機は解明され得ないと思うのです。もし、上記の思考過程が起こっていたとすると、とんでもない思い込みの飛躍・負のループの拡大が起こっていたことになります。
人が、危険な事や自分にとっては困難な出来事などに直面した時や、受け入れるには辛すぎる苦痛や状況になった場合に、それによる不安を無意識的や意識的に軽減させるための心理的なメカニズムを防衛機制と言います。
おそらく、一人で自分の境遇を悩み、悩み、苦しみ、もがき、その原因を誰かのせいにすることで自暴自棄になりそうな人生を生き延びていたと言えるかもしれません。そして誰かのせいにすることを繰り返し繰り返し頭の中で反芻し極大化した結果、上記の思い込みが真実化してしまったのかもしれません。
この時働いているのが投射(投影)という防衛機制で、受け入れがたい自分の境遇からの死ぬほどの苦しさを他人に押しつけ、死ぬほど苦しませたいとの強い願望が生じたと私は考えます。これが、この魔手の凶弾に至る動機だったのではないでしょうか。
どこかでこの負のループを食い止める社会的防波堤がなかったのか、なかったとすればどう作っていくことが望まれるのか。これが今回私が強く思ったことです。
