日日是好日~反応しない日々~

人間は欲望や不安を持たない者などいない。問題はこれをこじらせ悪循環にはまることが苦悩に陥ることの話は以前の記事でいたしました。今回は、その元の不安や欲望が起こる原点を訪ねます。

 日日是好日という言葉があります。(にちにちこれこうにち)と正しくは読みます。映画が同題名で作られたことがありますね。亡き樹木希林さんの名演が印象的です。

 これ元々禅語の一つで。臨済宗の教典と言える碧巌録の中の禅問答中の言葉としてあります。これは、「その日その日がどんな日であれその瞬間しか訪れない日である。だからこそ全力で悔いなく生きていけば、どんな日でもよき日なんだ。」と一般に解釈されていますが、私は、映画の中の黒木華演じる典子が茶道を続けていくうちに、誘っておいて茶道をやめた従妹が結婚し子供もできる一方、彼氏と別れ、面接に落ち、父親の死に師匠と涙しながらも、苦楽の表情を見せずに、都度都度、日々静かにお茶を立てる典子の姿に日日是好日を深く味わいました。

 人生にはいいも悪いもない、ただ経験を通して体で心であじわい糧とする。ただあるがままに、苦楽をこじらせることなく受け入れていくことが人生なのだ。と経験を重ねながらこの言葉を理解するようになりました。

 様々な出来事や刺激に私たちは遭遇します。襲われる、さいなまれると表現される場合もあるかもしれません。私はこの遭遇点がある意味で苦悩を生むかどうかの核心と考えています。人間は感情の動物です。好悪や快不快で刺激に反応するのは当然のことと言えます。しかし、その反応がある一線を超えてしまうと理性で制御できないほど肥大してしまうと苦悩への悪循環の一本道が待っています。

 お釈迦様は苦悩の悪循環を十二の循環する階梯で分析し、十二支縁起と名づけました。この十二にわたる悪の循環を輪廻としたのです。十二中の七番目にあたることが、私たちが日常行っているいわゆる反応することであり、これを最小化することで苦悩の悪循環を断つことができると説かれたのです。

 かく言う私自身まったくもって反応しないことは超難しいです。ただし、上記の原理を理解するようになってからは、苦しみをこじらせることは多少はなくなってきているかなと思っています。一般的には感情制御なのですが、もう少し進むと自我コントロールということになります。このことについては今後の記事に書こうと思っています。

 私のカウンセリングでは感情の制御についても相談者様とともに考えてまいります。

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Posted by ジェイ・慈英