首相の旧統一教会への方針表明を受けて考える

岸田首相は8月31日の会見で旧統一教会との関係をめぐり、党所属の議員と教会との関係の点検結果を集約し公表することや、教会との関係を断つことを党の基本方針として徹底することを表明しました。また、茂木幹事長も教会と関係を断つことができない議員には党を離れてもらうとまで言明しました。世論支持の急速悪化を受けての対応と思われ、被害者皆さんの苦しみを思うと一定の評価をする国民が多いかと思われます。

一方、信教の自由の問題とも絡み、現時点で旧統一教会及び関連団体を反社会科的団体と扱い見ていいのか、その基準はどこにあるのか明確にすべき、更にそのうえで解散命令まで含めた法制化まで行くべきとの声も聞こえます。

 かつて、統一教会の問題が叫ばれた時代を経て、長らく沈黙していたメディアがこの時とばかりに大合唱しています。一般の人々はそこを通じて理解をするので大いにこの世論の熱さはメディアに影響があるでしょう。旧統一教会に被害に遭われた方の救済は第一の課題です。そして、今後の被害を確実・未然に防ぐ手立てを講じることは第二の課題と言えましょう。それは当然として、メディアに影響されて熱くなりやすいのは人間の常と肝に銘じ、冷静に上記の課題を克服するための政府の議論を注目していきたいものです。

 懸念されるのは、熱くなりすぎると、注意しなければならないのは教会信者への視線が偏りすぎ、人権を侵すようなことが決して起きないようにすること。宗教全体への不信感・不安感が生じるような事態を招来しないよう努めることと思います。

 かつて、日本では激しい宗教弾圧がありました。その例を二つ挙げてみたいと思います。一つ目は江戸幕府によるキリシタン宗門弾圧です。諸説ありますが、いったいどれだけのキリシタンが殺害されたかわかりません。幕府は殉教者が英雄視されるのを嫌い途中から棄教させるための拷問を苛烈に行いました。ここに具体的に書くのは憚れるほど恐ろしい方法が取られました。天正遣欧少年使節として教科書にも出てくる中浦ジュリアンはそれで殉教死亡した一人です。まるで、幕府は人間扱いしていなかったのです。そのような社会環境で一般の人々はキリシタンをできるだけ遠ざけて行ったのでしょう。 幕府はキリシタン根絶を目指し、宗門改の制度を起こしすべての日本人を仏教徒に強制的にしてしまいました。

 時代が下り明治が始まり、明治4年神仏分離令が発布されると、一般の人々による全国一斉にわたる大規模、激しい寺々と仏像等の打ちこわし、破壊、火つけが行われました。これは、国情不安を背景に江戸幕府の仏教国教化から身分特権に安住した僧侶への反感が大きな理由の一つとされています。

 我々はここは一つ冷静に目下の課題を見極め、着実にその進展が図られるよう見守って行きたいものですね。

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Posted by ジェイ・慈英